地球温暖化うんぬんよりも、まず省エネ
地球温暖化うんぬんよりも、まず省エネ
平成20年5月
洞爺湖サミットが7月初旬に開催される。
札幌に住んでいた学生の頃、洞爺湖には行ったような気もするが、行ってないような気もする。どうも記憶が定かではない。それくらい、洞爺湖というのは印象が薄い。
阿寒湖、屈斜路湖、摩周湖といった北海道以外の人にも有名な湖でもないし、これといった観光スポットでもない。札幌から近いのは支笏湖であり、どちらかといえばこちらのほうが札幌の人にはなじみが深いかもしれない。でも、これも20年近く前の話なので、今は洞爺湖も有名になっているのかもしれない。
サミットの舞台となるウィンザーホテルは一度倒産したのではなかっただろうか。自分が札幌にいた頃にはまだなかったが、札幌を離れてまもなくしてから、たしか、カブトデコムというバブルをおう歌してはじけ飛んだ会社がつくったと記憶している。
話が完全にそれてしまったので、主題に戻ることにしよう。
南極大陸の氷が全てとけたとすると、海面の水位は約65メートルも上昇する。そういった話題をよく耳にするが、そういわれてもなかなかピンとこない。自然界の氷といっても、イメージするのはオホーツクの流氷くらいのもので、そのくらいの氷がとけたってたいしたことないだろう、と思ってしまう。しかし、ちょっと勉強してみると、少しは現実としてとらえることができる。
1.北半球にあるグリーンランドは日本の国土の約6倍、そのほぼ90%が平均2800メートルもの厚さの氷に覆われている。そして、その重みのために地表面が海面下300メートルまで押し下げられ、地球にめり込んでいる。
2.南極大陸は日本の約38倍の広さ。こちらも、大陸の東側では平均2600メートル、西側では平均1800メートルの氷に覆われている。厚いところでは富士山よりも高く、5000メール近い。グリーンランド同様、氷の重みによって1000メートルも地球にめり込んでいる。
どちらも途方もないスケールである。例えば、日本が富士山級の氷ですっぽり覆われているというのをイメージしただけでも仰天ものであるのに、それよりも6倍も、38倍もの陸地が数千メートルの氷で覆われているというのは我々日本人には想像の域を超えている。でも、それらの氷が全部とけ出せば、やっぱり何十メートルも海面が上昇するというのも数字上の事実であることにはうなづける。
一方で、地球温暖化の原因は単なる太陽活動の活発化によるもので、人類排出の二酸化炭素が主因というのはまちがった結論だ、という研究結果を発表している専門家もいる。さらに、先進国が自分たちの利権や地位を途上国に奪われないために、途上国の経済発展のための温室効果ガスの排出規制をかけているという見方もある。
このように、科学者の間でも、温暖化の原因が定まっていない。
現在よりも温暖な時代は過去にも何度もあった。生物が誕生してからの地球の平均気温を考えれば、今は寒い時期である。自分が住んでいるさいたま市もずっと昔は海だった。
しかし、現在おきている地球温暖化が問題にされているのは、温暖化の急激な進行である。数十万年単位でおきていた地球の温度変化が、数百年単位でおきている。そのため、自然環境も人間のシステムもそれに適応することが難しいといわれている。先日も、世界遺産である白神山地のブナ林がこのままのスピードで温暖化が進めば消滅してしまうという記事が新聞に出ていた。
「地球規模の環境変化」、あるいは太陽の影響かもしれないので、「宇宙規模の環境変化」に、一個人としてできることはたかがしれている。地球温暖化防止に貢献するため、と考えると何だか難しくなってしまうので、住宅の設計を生業としている自分としては、こう考えている。
自動車でいえば、プリウスのような燃費のよい(=省エネ)家をつくりましょう。そのためには、ただで利用できる太陽光の熱を取り入れる時期、遮る時期を考慮した上で、断熱計画をしっかりと行ないましょう。
まずそこから初めて、余裕があれば、ヒートポンプや太陽光発電といった省エネ機器の利用や、輸送のためのエネルギーが輸入材よりもかからない、国産の木材や地域材の利用をすすめたい。
参考文献
「地球温暖化は本当か?」 矢沢潔 著 技術評論社 発行
「この真実を知るために地球温暖化」 Newton別冊 ニュートンプレス 発行
室温が同じなのに感じる温度が違うのは?
室温が同じなのに感じる温度が違うのは?
平成20年3月
同じ室温の部屋にいても暖かいと感じる住まいもあれば、寒いと感じる住まいもあります。何が違うのでしょうか。
そういった疑問にわかりやすく答えてくれるのが、甲斐徹郎氏が書かれた「自分たちのためのエコロジー」という題名の本です。
実は、自分もたまたま省エネ関係のフォーラムでこの本のことを知りました。というよりも、その講演会で、この本の内容の前半部分を実演してくれたのです。
使ったものは赤外線放射温度計。見るのも手に取るのは初めてでした。この温度計は離れたところの表面温度を触れずに測ることができます。壁の表面温度や手の届かない天井の表面温度が即座にわかります。別の使い道としては天ぷらを揚げるときの油の温度も測れるそうです。
その温度計を使って何の表面温度を測ったかというと、自分の座っている布貼りの椅子の背板と講義机のスチールの脚です。まず、温度計で測る前に手で触ってみてどれくらい両者に温度差があるか予想してみました。触った感じはあきらかにスチールの脚の方が冷たい。温度差が何度かははっきりとはわかりませんが、5度以上は差があるのかな、と予想してみました。
みなさんも身近に鉄やアルミやステンレスなどの製品があれば触ってみて下さい。そのあと、カーテンでもかまいませんし、本棚の木でも、あるいは乾いた洗濯物でもいいので、触ってみて下さい。どちらの温度が低いと感じますか。前者の方が低いと感じませんか。
でも、赤外線放射温度計で測った結果は、なんと同じ表面温度だったのです。さらに、どちらもほぼ室温と同じでした。「あれっ。」という感じです。みなさんも「どうして?」と思いませんか。
理屈はこういうことでした。我々が感じる体感というものは温度によって反応するのではなく、自分たちの体温がいかに早く移動したかによって決まるそうです。
少し専門的に言うとこうなります。
熱の伝わりやすさを表す指標に「熱伝導率」というものがありますが、その熱伝導率が高いものに触ると、瞬時に熱が移動します。そのスピードが速いほど体感的に冷たく感じるというわけです。
ますますわかりにくくなってしまいましたか。この本の中にわかりやすい例が書かれていますので、抜粋してみます。
「たとえば、部屋の温度が20度だとします。暑くも寒くもなく、ちょうどいい温度です。ところが、20度の水風呂に入るとどうなるでしょう。相当冷たく感じますね。20度の気温であれば暑くも寒くもないのに、20度の水風呂にじっと我慢してつかり続けると、どんどん体が冷えていって、きっと体を壊してしまいます。同じ20度でも、まったく体感が違うわけです。」
空気よりも水の方が熱が伝わりやすいので、同じ20度でもより早く体温が奪われてしまうというわけです。少しは理解して頂けましたでしょうか。
さてここで、少し住宅にフィードバックしてみましょう。
室温が同じでも、表面温度の違うものがあると熱の移動が発生します。つまり、冬季に同じ室温の部屋にいたとしても、外壁の熱伝導率が高ければ(熱が伝わりやすい)、熱の移動が発生し、断熱のしっかりした部屋にいるときよりも体感温度は低く感じるということです。
体感温度というのはおおざっぱに言うと、室温と近くの物体の表面温度を足して2で割った数値になります。
(表面温度+室温)÷2=体感温度
同じ体感温度にするためには、断熱のしっかりしていない住宅では表面温度が低いので室温を高く設定する必要があり、エネルギーをより多く消費することになります。
夏季はこの逆ですが理屈は一緒です。断熱のしっかりしていない外壁の室内側の表面温度は、かんかん照りの外気温にかなり影響されますので、エアコンの設定温度をより低く設定しないと、断熱のしっかりした住まいの体感温度とは同じにはなりません。これまたエネルギーを無駄に消費することになります。
今回のまとめとしては、「体感温度」と「実際の温度」は違うのだということ。心地よい体感温度を得るためには何をすべきなのか。「自分が気持ち良く暮らしたいためにした行動」が、結果として省エネにつながり、ひいては地球温暖化防止に貢献できる。
そういった身近なエコロジーについて書かれているのが、冒頭で紹介した本です。この本には他にもためになることがたくさん書かれています。興味がある方はぜひ手にとってみて下さい。専門家でなくても読みやすい内容になっています。
「ちくまプリマー新書」から出ている、「自分たちのためのエコロジー」 甲斐徹郎 著 で、700円+税となります。
建築関係の本としてはお手頃価格であります。
詳細図の必要性
詳細図の必要性
平成20年1月
建築におけるディテールは非常に大切なものであり、住宅においても規模にかかわらずそれは同じように重要である。
しかしながら、一般的な木造住宅の現場では図面に書かれたディテールはないに等しい。大工さんそれぞれの納め方があって、それは大工さんの頭の中にのみ存在する。
建売住宅でも、街中の工務店が建てる住宅でも、詳細図という納まりをきちっと明示したものが存在しない。もちろん住宅規模では施工図というものがないことがほとんどなので、施主は全く詳細図というものを目にすることもなく家ができあがってしまう。住宅メーカーには社内・工務店用のディテール集があるが、それは一般的には施主の目には触れない。あくまでも社外秘なので住宅メーカーが建てた住宅の納まりはブラックボックスのままであることが多い。
これでいいのだろうか?
「木造なんて簡単じゃないの?」と思われる方がいるかもしれないが、木造の納まりはRC造等と比べると意外と難しくて、詳細図をいちからおこすとなると非常に手間がかかる。手間がかかる割に住宅は施工規模が小さいため、そこそこの規模の設計事務所になると、設計料における人件費だけが膨らんでいってしまい、最後には赤字になってしまう。そのため、できるだけ図面枚数を減らし、現場がはじまってから考える、あるいは現場まかせ・大工まかせの住宅が多くなってしまう現状がある。結果として設計者の意図していたものとは違う納まり・できあがりになってしまうことも往々にしてあるのではないか。
こういったことにならないように、司設計工房では設計監理契約した物件においては、自分の頭の中で考えていたことを、一般図(平面、立面、断面、配置、仕上表)だけでなく詳細面なり仕様書なりに目に見えるものとして、施主と施工者に見積り開始前に提示している。図面にすることによって、「こういった納まりにした方が安くできる」とか「きれいに見える」とか、つくり手の側からの貴重なアドバイスもいただける。詳細な図面がないと、「自分(設計者)はこう考えていた。」「いや、自分たち(施工者)は、こういった納まりで金額をはじいている。こういう納まりならば、とてもこの値段ではできない。」といったことも当然のごとく発生するだろう。
こういったつまらないことの積み重なりで、だんだんと現場と設計者の関係がこじれてくると、被害を被るのは施主である。
もちろん、これは納まりに限ったことではない。使う仕上げ材にしても、例えば「クロス」とだけ書いてあれば、ビニールクロスなのか、紙クロスなのか、それとも和紙や月桃紙といったもので見積もればいいのか皆目検討がつかない。逐一施工者が設計者に確認を取ればよいのかもしれないが、何件も現場を抱えている監督さんではそうも言ってられない。コスト的に厳しければ、確認もないまま当然のことながら、一番安いグレードのビニールクロスで金額を入れてくることになりかねない。工事が始まって、設計者がもっとグレードの高いものを意図していたと言ってもあとの祭りである。「言った。」「言わない。」といったレベルの低い争いになってしまう。
見積り段階でできるかぎりの図面を用意し、工事途中での施主要望による変更でもない限り、新たな図面を提出することは極力なくすようにしている。そうすることによって、設計者と施工者のあいだに安心感が生まれ、信頼感へと進展していく。結果として、適正が見積金額が提示され、工事途中の変更においても、きっちりとした増減額がはじき出されることになる。これなら、施主も安心であり、納得できるはずだ。
どこの工務店がつくっても同じような品質のものがつくられるために、きっちりとした図面を用意することこそが設計者の役割であると思う。「腕がいい工務店なので、図面通りにできた。」「今回は腕の悪い工務店だったので性能的に低いものになってしまった。」といったことをなくすためには、「きっちりとした図面」、そして「施工側からは独立した立場にある設計者の監理」という二つの組み合わせが不可欠である。
制震住宅とは
制震住宅とは
平成19年11月
「耐震」だけでなく「免震」や「制震」。
最近は木造住宅の分野でも、より地震に対して有効な技術が採用され始めています。ただ、免震メーカーのホームページをみれば免震がよく思えるし、制震メーカーのホームページをみれば制震がよく思えます。どちらが、いいのか一概に判断することはできません。
免震工法のメーカーのホームページには、いかに免震が有効で、制震では頼りないといったようなことが書かれてます。一方、制震工法のメーカーでは、コストパフォーマンスで圧倒的に制震技術の方が現実的であるといったようなことが書かれています。
免震住宅は確かに地震に対しては一番有効に働きます。一時、「免震」という言葉や文字がテレビや誌面をにぎわしていた頃もありましたが、今では、住宅メーカーから「免震」という言葉はほとんど聞かれなくなりました。やはり価格がネックになって、住宅メーカーでも普及が進まなかったのでしょう。
その代わりに、今年になってから「制震」という言葉がコマーシャルでも頻繁に聞かれるようになりました。一番有名なコマーシャルは、毛利さんが出ている積水ハウスのシーカスです。地震の振動エネルギーを熱エネルギーに変えて吸収してしまうというものであり、すごく説得力のあるコマーシャルで、これだけ見ると、絶対に制震装置を付けた方がいいと思うに違いありません。消費者心理を上手にくすぐるコマーシャルだと感じました。
一般に普及している制震装置のコストは免震の1/6から1/8。さまざまな制震装置が数多くのメーカーから出されています。免震と違って、基礎や土台のつくりや施工方法も従来のやり方と変わらず、つくる側から言えば導入しやすく、これは案外大きなメリットです。
地震保険を何十年も払い続けたとしても、万が一、地震で我が家が倒壊した場合、建て替え費用全額をまかなうことはできません。毎年の支払いが数万円の保険料でも20年、30年払えば、数十万円になります。
火災保険とは違って、任意である地震保険に加入するつもりならば、いっそのこと考え方を変えて、地震保険何十年分かの保険料を制震装置に初期投資するというのはどうでしょうか。倒壊しても、建て替え費用が十分にまかなえない保険よりも、繰り返しくる地震にも効果を発揮し、耐震住宅よりも倒壊の危険性の低い制震装置を新築時に採用するという選択肢もこれからはあり得るのではないでしょうか。
ただ注意しておいてもらいたいことは、地震火災による類焼の場合は、火災保険だけでなく地震保険もセットで加入していなければ、保険は下りません。わかりきったことではありますが、制震装置では火災を防ぐことはできないので、そういったことまで考慮すると地震保険に加入せざるを得ないことになってしまいます。
何でも同じだと思います。車でも生命保険でも、補償が手厚くなればなるほど毎月支払うお金は多くなります。どこまで考慮するか、どこで割り切るのか、この判断は個々人に任せるしかありません。
しかし、制震装置や免震装置を絶対に付けなければ、不安なのか、というと、そういうものでもありません。
1995年の阪神淡路大地震の時点でも、新耐震(1981年制定)の設計基準を守ってきちっとつくられた住宅においては、木造軸組住宅でもツーバーフォーでも、プレハブでも、倒壊した住宅の割合はほとんど変わりません。
住宅展示場などへ行くと、ハウスメーカーの営業マンから、木造軸組住宅は弱いということを聞かされるかもしれませんが、当時倒壊した木造軸組住宅の多くは、戦後急ごしらえで建てられた住宅や、新耐震の基準ができるよりも前に建てられた住宅ばかりであり、決して木造軸組住宅が弱いというわけではありませんでした。
その後、阪神淡路大震災を契機に建築基準法が改訂され、東京を想定した場合、震度6強から7程度(関東大震災や阪神大震災レベルの地震)に耐えられる耐震基準に強化されました。
その上、これまでは耐力壁の量だけがチェックされてきたものが、今度は耐力壁の配置バランスもチェックされるようになって、より頑丈な木造軸組住宅がつくられるようになりました。
さらに、義務ではなく任意の基準ではありますが、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」が平成12年に施行され、その中の住宅性能表示制度の「構造の安定に関すること」の項で、さらにレベルの高い構造基準が設けられました。
レベル1が上記建築基準法と同等の耐震基準。レベル2、3では建築基準法の1.25倍、1.5倍の構造基準となり、耐力壁の量とバランスだけでなく、力の流れをスムーズにするための床の強さのチェックも加わりました。
これによって、2階建の木造軸組住宅においては、レベル2以上であれば構造計算を行ったのと同様の精度で、構造の安全性をもつことを確認したことになるといわれています。
このように、現行の耐震基準でつくられた住宅であれば、阪神淡路大震災当時に比べてより安全性は高まっていることは間違いありません。
しかし、阪神淡路大地震や関東大地震規模の大地震が万が一短期間のうちに同じ場所に発生した場合は、繰り返しの地震にも有効に働く制震装置や免震装置を組み込んだ住宅の方が、はるかに安全が高いことも間違いありません。
といっても、大地震が短期間に同じ場所に発生するという確率は、ほんのわずかであるということもこれまた間違いありません。
坪単価のマジック
坪単価のマジック
平成19年9月
1坪(3.3m2)あたりの建築費がいくらなのかを表すものが坪単価といわれるものですが、この坪単価を算出するための定められた明確な計算方法がないのが現状です。「容積対象面積」で割ってもよいし、「延床面積」で割ってもよいし、「施工床面積」で割ってもよい。
「容積対称面積」:容積率を算出する元となる面積。2階建ならば、実質的な1階と2階の室内面積のこと。
「延床面積」:上記容積対象面積に屋根のある駐車場を含めた面積。屋根のあるポーチを含める場合もある。
「施工床面積」:上記延床面積にロフト・小屋裏収納、吹抜、バルコニー、ウッドデッキ、テラス等を含めた面積。決まりはなく、各社何を含めるかの判断は自由である。
新聞のチラシに、でかでかと「坪単価29.8万円から」をうたった某工事会社の工事費についての詳しい説明が小さく書かれていました。拾い出して要約してみると、以下のようになります。
1.坪単価は施工床面積で工事金額を割ったもの
2.施工床面積35坪以上から
3.施工床面積とは、延床面積、ロフト、小屋裏収納、ポーチ、バルコニー、テラス、内部吹抜、ポーチ階段、外部ふかし壁を足したもの
4.門塀工事、屋外電気配線工事、屋外給排水工事、下水道接続工事、雨水排水工事、諸費用は別途
5.メーターモジュール
(※メータモジュールのからくりについては平成17年5月の独想記をご参照下さい。)
弊社が設計監理している木造2階建住宅の見積金額の坪単価を計算してみると、時には50万円台や70万円台というものもありますが、おおむね60万円台というケースが大半です。
ただし、この坪単価というのは見積金額(税抜き)を容積対象面積で割ったものであり、ハウスメーカーなどのように、施工床面積(容積対象面積+ロフト+小屋裏収納+吹抜+ポーチ+バルコニー+ウッドデッキなど)で割ったものではないので、割高に感じるかもしれません。
ただ、容積対象面積で60万円台のものを施工床面積で割り戻せば、同じ物件でも簡単に坪単価は10万円以上、時には20万円近く下がることもあります。(あくまで坪単価が変わるだけで、トータルの工事金額は変わりません。)
それから、ハウスメーカーなどでは通常別途となっている、屋外電気配線工事や屋外給排水工事や下水道接続工事や雨水排水工事、それから施工会社の経費も見積金額には含まれています。これらを別途にするのかどうかでも、坪単価だけみれば5万円から10万円くらい変わってきます。
このように、坪単価というものは、別途項目をできるだけ増やし、割り戻す面積をできるだけ膨らませれば、数字上はどんどん安くなっていきます。企業としては目にとめてもらえなければ広告を出した価値はないのでいろいろと戦略を練ってきますが、こういった広告に掲載された坪単価という数字はあくまで参考程度にとどめておいて、どういった仕様でトータルでいくらになるのかをじっくりと検討することが重要になってくると思います。
プリンターの位置を移動した時、ケーブルが届かなくなってしまったことがありました。急遽、3mのケーブルを買い足したが、まだ少し短かった。でも、その次の長さは5mものなので、それでは長すぎる。3.5mくらいでちょうどいい。しかし、そういった中途半端なものは存在しませんでした。
3mもの5mものといったケーブルは、住宅の分野でいえばいわゆるハウスメーカーのような規格住宅といえるのではないでしょうか。3.5mとか4mの長さの、規格品でないケーブルが我々のような設計事務所がつくる住宅にあてはまります。どういうことかというと、規格を統一して大量につくれば単価は抑えられるが、たった50センチのことだといって、規格品に合わないようなものを頼もうとすると大手ではとたんに高いものになってしまうということです。規格にぴったり合えば確かに安い買い物ではあるが、そうそうぴったりといくものでもない。そういったニッチを埋めるのが、我々の役割だと考えています。
金物工法と接合金物
金物工法と接合金物
平成19年7月
「金物工法」と「接合金物」、どちらにも「金物」という言葉がついているので、同じことを言っているのだと思う方がいるかもしれないが、意味合いが全く違う。
金物工法というのは単純にいえば、金物がなければ成り立たない工法である。金物だけによって柱と梁が引き寄せられているため、その金物がなければ、ストンと梁は落ちてしまう。つまり金物が主役である。
一方、接合金物の場合は、いろいろな仕口や継手によって木材同士が引き合い、金物はなくても骨組みとしては、上からの荷重だけを考えれば、なんとか成り立っている。しかし、地震や大風のような横からの力がかかると、こういった簡略型の仕口では抜け落ちてしまうこともある。阪神大震災以前は木造住宅におけるこういった接合金物の規定がなかったので、地震の揺れによって柱が土台から抜けてしまった事例や、筋交いがはずれてしまったことによる倒壊被害も数多く報告されている。
接合金物の役割は、地震時において、建物にねばりをもたせ、材料の抜けや脱落を防ぎ、明確な力の流れをつくる、ことにある。伝統構法のような太い柱と梁によって仕口が加工されていれば金物がなくても抜け落ちてしまうことはないだろう。しかし、現在のような3寸5分や4寸角の柱では、くまなく堅固な接合をつくることは困難である。そのために必要となるのが接合金物である。つまり、伝統構法に現代の技術を補助的に組み合わせたハイブリッドな工法が、接合金物を使った木造軸組工法と考えることもできる。
一級建築士が設計した木造軸組工法の場合、現状の確認申請の届け出においては、役所及び民間の検査機関は、金物が構造上必要なところについているのかどうか、耐力壁が計算に基づいて計画されているのかどうかをチェックしない。必要書類として提出も要求されない。もともと一級建築士の設計したものには間違いがないという性善説に基づいた対応ではあるが、それによる弊害も昨年新聞をにぎわした。大手建売メーカーの住宅において、販売した建売住宅の耐力壁が足らないことがあとから判明し、建売メーカー及び外注として設計を請け負っていた一級建築士が処分された。
木造2階建て住宅においては、確認申請の確認済証あるいは検査済証があったとしても、役所が構造のチェックをしているわけではない、ということを頭に入れておいてほしい。そのためにも、設計士が計算した壁量計算書なるものをしっかりと手に入れておくことが重要である。そこには、耐力壁や筋交いの配置の根拠となる計算結果や、どの柱にどの接合金物がつくのかがしっかりと明記されているのだから。
家具職人選手権
家具職人選手権
平成19年5月
またまたテレビからの話題である。テレビ東京の木曜夜8時から放映されている「TVチャンピオン」で「家具職人選手権」なるものが開催された。今年の初め頃の放映だったので、もう大部前の話であるが、観た人もいることだろう。「リフォーム王選手権」や「大工王選手権」、「庭職人選手権」といった自分の仕事に関係する人達が出ていることもあるので、よくチャンネルを合わせる。
家づくりには関係ないが、近所のパン屋さんも、4.5年前の「ケーキ職人選手権」に出て、準優勝を勝ち取っている。それから順調に売り上げが伸びたのだろうか、マンションのテナント店舗から、土地を購入して店舗を構えるまでになった。テレビ東京といえども、テレビの影響は大きい。
今回取り上げようと思ったのは、「家具職人選手権」の一回戦の競技である。出場選手が4本脚の木の椅子(昔の学校にあったような椅子)を制限時間内につくり、その強度を競うものであった。家具職人の腕を競うのであるから、あくまで釘や金物は使わない。仕口の精度と、各部材の組み合わせ方法の選択によって差が出る競技である。ただ、制限時間内に仕上げなければならないので、強度はあっても手の込んだつくりは選択しづらい。おのずと、似たようなつくりとなり、できあがったものはどれも同じように見えて、同じように丈夫そうであった。
ちょっぴり太り気味の人にそれぞれの椅子に腰掛けてもらい、椅子が置かれた床ごと前後にゆすって、長く持ちこたえた方が勝ち、という単純明快な審査方法である。5分10分とゆすられると、仕口が徐々にゆるんできて、最後にはつぶれてしまうものもあれば、なんと30秒ともたずに壊れてしまうものもあった。そうかといえば、30分経っても40分経ってもビクともしない椅子もあった。見た目はどれもほぼ同じであるのに。
テレビに出てくるような人達だけに、誰もが腕に自信を持っている人達なのだろう。それなのに、この差は何なのだろうか。
テレビの画面からは判断できなかったが、ほぞとほぞ穴が「非常にきつくしまっている」のか「きつくしまっている」のか「ただ入っているだけ」なのかの違いだろう。要するに、丁寧で早く確実な仕事ができているのか、できていないのか。職人の腕次第ということである。
ただ、たとえ30秒ともたずに壊れた椅子でも、釘や補強金物が要所要所に使われていれば、きっとこんなに早くは壊れなかったはずである。しかしながら、釘や補強金物を使ったものは一般的に商品としての質は落ちるとみなされる。使わないで、確かなものができればそれに越したことはない。実際、壊れなかった椅子もあるのだから、釘や補強金物に匹敵する強度を、腕のよい職人さんがつくった仕口ならば出せるということである。
しかし、逆に考えれば、腕の良し悪しによってこんなにも強度に差が出るのだから、釘や補強金物を使わないリスクをあらかじめ考えておかなければならない。
椅子の脚くらいならば、手に持ってグラグラ動かしてみれば素人でもなんとなく強いか弱いか判断できるであろうが、これが住宅となるとどうだろうか。少しくらい体重をかけて押したり引いたりしたくらいではビクともしない。(そもそもそれくらいでグラグラするようでは話にならないが)地震によってゆるんでしまう程度のものなのか、それともビクともしないものなのか、体感しづらい。
補強金物をあまり使わない工法では、長期において、ゆるみやガタが出ないように、経験に基づいてくさびや込み栓を打ったりしているので問題はないのかもしれないが、そういった職人の腕や勘に左右されずに確かなものができる図面を書き上げるのが設計士の使命ではないだろうか。
笑いあり、感動ありの「家具職人選手権」ではあったが、考えさせられるところのある番組だった。
立って用をたすか?座って用をたすか?
立って用をたすか?座って用をたすか?
平成19年3月
「トイレの床が汚れやすい」という理由から、トイレの床にはクッションフロアと呼ばれる塩ビのシートがよく使われる。ゼネコンでマンションの設計をしていた頃は100%そうだった。
独立して、個人住宅の設計をやるようになってからは、塩ビシートでなく、タケやサクラやナラやパインといった無垢のフローリングばかり使ってきた。壁にビニールクロスを使わないように、できれば床にも塩ビ製品を使いたくないからだ。
無垢のフローリングといっても、大きく分けて2種類ある。無塗装品とウレタンクリア塗装品である。出回っている比率で言えば、1:9くらいだろうか。圧倒的にウレタンクリア塗装品である。なぜ、ウレタンクリア塗装品ばかり扱っているのか、以前あるメーカーに問い合わせたことがある。メーカーの回答はこうだった。
「ウレタン塗装品は傷つきにくい、これは施工した後だけでなく、納入時に施工業者からのクレームが少なくなるので大いに助かる」とのこと。そして、「塗装をしてしまえば、多少の色のばらつきが目立ちにくくなるので歩留まりがいい」とのことである。塗装してあるから、無塗装品よりも高価なのではないかと通常は考えてしまうが、そうでもなく、逆に無塗装品の方が高いことが多い。「安くて傷つきにくい」となれば、流通の仕組みから考えて、なるほどウレタン塗装品が出回るのには必然性がある。
しかし、どうだろうか。もったい。せっかく、合板フローリングでなく、無垢のフローリングを選んだのに、ウレタン塗装をしてしまっては、木の触感がなくなってしまう。木の持つ暖かみがなくなってしまう。寒い時期に無塗装品とウレタン塗装品のカットサンプルを触ってみれば、温度の違いが明確にわかる。つるつるしていて傷が付きにくく、汚れにくい、という理由でウレタン塗装品を選ぶのであれば、それこそ合板フローリングと変わらないのではないか。そんな気さえする。
読売ウィークリー(2007年2月25日号)にこんな特集があった。この特集は読売新聞(2007年2月9日夕刊)でも取り上げられていたので、記事を読んだ方もおられることだろう。
20歳以上の男性1000人にアンケート調査をしたところ、自宅の洋式トイレでは排尿時、「座ってする」と答えた人が28.4%いた。また、既婚者の方が、非婚者よりも4ポイント多かった。
座る理由は、「座ってするのがしやすい」(47.5%「同居する女性に言われた」(18.3%)「なんとなく」(12.3%)。その他、「便器を汚さずにすむ」「飛び散ると掃除が面倒」など。
一方、「立ってする派」からは、「ズボンを下まで下げるのが面倒」「立った方が楽。昔からの習慣だ」「なんとなく女性みたいで格好悪いと感じる」など。
3割近くの男性が自宅では座って排尿をしていることになる。座ってする派の自分としては、3割近くの味方がいて安心した。
一人暮らしをすると、おのずと自分でトイレ掃除をしなければならなくなる。それまで立って用を足していた自分であったが、掃除をするのが面倒なので、その頃から座ってするようになった。
和便器から洋便器に変わったときは、和便器に座っていた時のように力が入らない。これにはすごい違和感があり、慣れるのに時間がかかった。それに比べれば、座って排尿をするということは、掃除をしなくてもいいという実益にかなった行為だったので、自分ではすんなりと受け入れられた。
「最近の洋式トイレは高級なものほど、臭いや掃除のしやすさなどを配慮して水をためる部分を大きくする傾向がある。その分、立ってする場合、跳ね返りが便器の外に飛び出しやすい。」といった日本トイレ協会副会長のコメントも読売新聞にはのっていた。
トイレの床が汚れない秘訣は、これ以外ないと思う。男性が排尿するとき、立ったままするのではなく、大便のときのように座ってすることだ。
「そんな面倒なことやっていられるか」と言われる男性陣も多いこととは思うが・・・。
門型フレームによる可能性
門型フレームによる可能性
平成18年9月
今回初めて、さいたま市のTN邸で「門型フレーム」なるものを採用した。木造の許容応力度計算が確立されてから、いつか使うときがくるのではないだろうかと密かに期待していた。
最初に門型フレームのことを知ったのは、日本住宅木材技術センターの「木造軸組工法住宅の許容応力度設計」の講習会の時だった。講師の稲山先生が、許容応力度設計を駆使すれば、見かけ上で耐力壁のない、大スパン開口の木造住宅もこれからは可能であると力説していた。敷地間口の狭い3階建て住宅にぴったりな工法であり、木造住宅の自由度および可能性が大いに広がったという高揚感があった。しかし、特殊といえば特殊な方法であるので、なかなか一設計事務所の力だけでは使うことはできない。指定検査機関において実物大の実験をして、初めて耐力壁○○倍相当の門型フレームとして認定される。費用としても数百万円単位の実験である。設計事務所が図面を書いて、構造設計事務所が理論上の計算をし、これなら○○倍相当の耐力壁と見なせると言っても通らない。実証が必要なので、どうしても我々のような弱小事務所では、どこかのメーカーが認定を受けたものを使わざるを得ない。
そんなこんなで、気にはなりつつも門型フレームに関わることなく数年が過ぎ、やっと今回チャンスが巡ってきたというわけである。
2階に部屋のあるビルトイン駐車場の場合、2台駐車しようとすると、5.5メートル以上のスパンが必要になる。5.5メートルの真ん中に柱を建ててよいのであれば全く問題ないのだが、邪魔になることもある。これまではその部分、あるいは1階全部を鉄骨造にして、2階を木造にするといった混構造という考え方が一般的だった。しかし、鉄骨と木造の取り合いの悪さや断熱欠損の問題、それからコストの問題と意匠上の観点から、スパンをとばした箇所だけをうまい具合に対処できる何かよい方法はないかと常々考えていた。それらの悩みを解消してくれたのがこの門型フレームということである。
金物メーカーや建材商社などいろいろなところから、様々な門型フレームなるものが提供されるようになった。その中で、自分が目をつけたのが、カスタムハウジングのGUTT-FRAMEである。どうしてGUTT-FRAMEだったのか。それには4つ理由がある。
一つめの理由は、1フレームだけでも使えるということである。全部が門型フレームによるラーメン構法(簡単に言うと耐力壁のない柱と梁による構法)である必要はなく、従来の在来工法における耐力壁の考え方を周到すればよい。スパンをとばしたいのだが耐力壁がどうしても取れないところに単体で組み込むことができる。ある金物メーカーの提供している門型フレームの場合は、金物メーカーだけあって、接合部を全て金物工法で施工するということが条件となる。それをふまえた上でなら、必要なところに門型フレームを組み込むことができる。つまり、金物工法と門型フレームがセットになっていて、単体で門型フレームだけ採用するというわけにはいかない仕組みである。SE工法も同じような考え方である。
二つめの理由は、門型フレーム以外の構造体に、従来通りの無垢の柱梁が使えるということである。建築基準法で定めた耐力壁の必要量が確保されていれば集成材でなく、スギやヒノキの柱、ベイマツやスギの梁が使える。一方、金物工法とセットになった門型フレームの場合は、柱梁は全て集成材ということになる。金物工法イコール集成材というのは切っても切れない関係である。(一部無垢材にも使える金物工法もあるにはあるが)無垢の柱梁を使うということを前提にしている自分にとってはこの門型フレームには違和感があった。その他のフランチャイズとして提供している門型フレームも似たり寄ったりである。
三つめの理由は、門型フレーム自体も集成材でなく、無垢材で構成することも可能なことである。無垢のJAS材では一般的に5メートル材で梁成36センチが限度なので、門型フレームの特徴である最大スパン10メートルを活かすことはできないが、リビングなどでは5メートルの柱のない空間を確保して、なおかつ耐力壁としてもきちんと計上することができる。これなら、木にうるさい大工さんや工務店にも受け入れられやすい。「うちは集成材は使わないよ。」という工務店もまだまだある。
最後の四つめの理由は、壁量計算と構造計算に関わることであるが、少し難しくなってしまうので、企業秘密ということにして、割愛させてもらう。
とにかく、いろいろな可能性の見いだせる工法には間違いない。極端な話、門型フレームを組み合わせれば、鉄骨造のように3階建てで10メートルスパンの開放的な空間をつくることもできる。事務所空間や店舗に適しているだろう。基礎は鉄骨造やRC造のつくりでなく、木造用のベタ基礎でよいので、コスト削減効果も期待できる。
しかし、安易に使うわけにもいかない。1フレーム約25万円の費用がかかるということを忘れてはいけない。けっして安くはない。従来通り最大でも2間ごとに柱を配置できれば、そうするに越したことはない。余分な出費はできるだけなくしたい。というのが、施主と設計者の本音ではないだろうか。必要不可欠な場合だけ適材適所に用いる、そうすればあらたな展開が見いだせる。そんなおもしろい奴である。
超簡単な地震対策
超簡単な地震対策
平成18年5月
4月初めに東京ビッグサイトで開催されたナイスわくわくフェア「住まいの耐震博覧会」を覗いてきた。耐震博覧会とは銘打っているが、要は建材の展示会である。システムキッチンあり、柱梁等の材木展示あり。こういった建築の展示会が年に何回か東京ビッグサイトで開催されている。珍しく土日開催の展示会だったので子供連れも多く、ご多分にもれず自分も息子と一緒だった。
展示ブースの一角に地震体験車と免震体験装置があった。せっかく来たのだから身をもって体験しないと意味がないと思い、行列が嫌いな自分ではあるが、どちらも列に並んで自分たちの番を待った。地震体験車は以前一度体験したことがあるので今回が2回目である。息子は初めてだった。新潟の地震と阪神大震災の揺れを再現したものだが、いきなりこんな揺れがきてしまったら、とてもテーブルの下などに隠れている余裕はない。とにかく家具などが倒れてきそうもない場所を見つけて揺れがおさまるのを待つほかに手だてはなさそうである。
自分が設計する住宅では建築基準法における耐力壁の量やバランスに加えて、床の強さも検討に加えた、性能表示制度でいうところのレベル2、あるいはレベル3をクリアするように計画している。建築基準法レベルとレベル2・3とはどう違うのか簡単に説明すると、ダンボール箱をイメージしてもらうとわかりやすいと思う。
ベタ基礎のように底面がしっかりした構造であるという前提で考えれば、建築基準法レベルでは床の強さをほとんど考慮に入れていないので、フタのないダンボール箱のようなもの、つまり5面体の構造体ということになる。それに比べて、レベル2、レベル3はフタをしっかりしめたダンボール箱、つまり6面体の頑丈な構造体ということになる。実際にダンボール箱で試して頂ければわかると思うが、フタのあるダンボール箱に比べてフタのないものはねじれやすいし、壊れやすい。
一概に耐震設計といってもこのような違いがあることはあまり知られていない。一般の人達だけでなく、実際に住宅をつくる大工さんでさえ知らない人が多いのが現実であり、「床倍率」という言葉も通じないことが多くもどかしい。
とりあえず、耐震住宅をつくったけれども、では室内の家具はどうするのか。地震では住宅の倒壊よりも家具の転倒や下敷きになってケガをする人の方が多い。耐震住宅では住宅は壊れないが、家具の動きをおさえることができない。そうなると、免震構造のように住宅自体の揺れを軽減させないかぎり、安全は手に入らないのだろうか。
実際、免震体験装置の上にしつらえた椅子に座って、震度5の揺れを体験してみたが体感する揺れは震度2か3程度におさまっていた。関東地方ではしばしば感じるくらいの揺れである。揺れの大きさを視覚的に認識させるためのダイニングテーブル上のペットボトルの水はそれほど揺れていなかったが、免震台からはずれたところに置かれたペットボトルの水は震度5の揺れで泡立つほどに波打っていた。免震装置による揺れの軽減は確かなものである。家具の転倒に対してもかなり有功である。
しかし、・・・。何百万円という装置のコストがバカにならない。
安上がりな方法としては、家具固定金物でしっかりと家具を住宅の壁や天井に固定しておけば安全なのだが、持ち家に住んでいる人ばかりではない。賃貸に住んでいる人では壁や天井にビス穴をあけるわけにはいかない。そうなるとやっぱりホームセンターで売っているような地震用の突っ張り棒しかないのだろうか。でもあれは見た目がよくない。いかにも、という感じがする。
地震体験車の脇にもう一台、地震の揺れを再現するための装置があった。そこには2組のタンスとテーブルの上にのったテレビが左右に分かれて設置されていた。震度7の揺れを再現すると、向かって右側のタンスは転倒し、テレビはふっとんでいた。左側は倒れもしないし、テレビは台から転げ落ちることもなかった。何が左右で違っていたのか。違いは左側のタンスとテレビの底には「プロセブン耐震マット」という水色の透明なゴム上のマットが貼り付けられていただけである。5ミリくらいの厚みで5センチ角くらいのゴム状のマットである。地震の揺れを再現させる直前に任意に選ばれた観客の一人が貼り付けたものである。これが底面の4隅に貼り付けられていただけである。これだけで驚くほどの違いがあらわれた。
実際にこの目で見るまでは、2,3千円のこんな薄っぺらなマットでどれほどの効果があるものか疑問を感じていた。最近ではホームセンターや電気店にもおかれているので、目にすることも多いことかと思うが、自分自身正直なところ、これこそ誇大広告ではないかとバカにしていた。それがどうだろう。想像以上の効果を目の当たりにして、非常に驚き、かつ、いいものが見つかったという期待感にあふれた。底に貼り付けてしまえばそれでおしまい。重いタンスを持ち上げるのは大変かもしれないが、いたって簡単な装置?である。1組たしか、2、3千円だったと思う。家中の家具、家電に取り付けても2、3万円である。これで、建物は揺れても、少なくとも家具が凶器と化すことはないだろう。
高断熱高気密とは?
高断熱高気密とは?
平成17年11月
「高気密高断熱の家は息苦しい、昔のように隙間があるくらいの方が健康的だ。」という方がいらっしゃいますが、本当でしょうか。
省エネには、高断熱が不可欠です。しかし、高断熱をめざしていくら断熱材を詰め込んでも、すきま風が入ってくるような家では効果はありません。ではどうすれば断熱材が有効に働くのかということを突き詰めていくと、床下からの冷気が壁の中に入ってこないように気流止めを設けること。そして、湿気が壁の中に浸入しないようにすること。さらに、入ってしまった湿気を外部にすばやく排出する通気層が設けられていること。このことが重要であることが研究者の実験の結果わかりました。高断熱という目的のための手段が、気流止めや防湿層といった高気密だったというわけです。
そうは言っても、気流止めや通気層といった専門的な言葉が出てきて、家のこととなるとなかなか理解しづらいかもしれませんので、車におきかえてみましょう。
あなたなら、わざわざ高いお金を払って、すきま風のビュービューと吹き抜けていく車を購入しますか。すきま風があるということは暖房も冷房も効きが悪いことは言うまでもありません。つまり、できるだけすきま風がない(=高気密)方が暖房や冷房を使用する場合は、省エネで地球に優しいということになります。車と一緒で住宅であっても、もちろん、冷房をかけなくても涼しい季節には窓を開けて気持ちよい外の風を取り込んで下さい。高断熱高気密の家だからといって一年中閉めきっておく必要は全くありません。高気密の家は息苦しいなどということは見当はずれの見解だということが少しは理解して頂けましたでしょうか。
夜中にトイレに行くのに、一念発起していく家。(昔の自分の実家がそうでした)
「高断熱高気密」という閉じる技術によって、家の中の温度差を少なくし、開放的な間取りをつくることができるということを実感してもらいたいと思います。
また、高断熱高気密と木の家は相反するものではありません。高断熱の家は室内温度差が少ないため表面結露や内部結露が生じにくく、木の柱や梁といった構造体にも優しい家です。長持ちする家です。
一人一人の価値観が違うように、一概に木の家といっても千差万別です。望む家のあり方も違うことでしょう。しかしながら、レトロ趣味のごとく、昔のやり方に戻りさえすればよいという考え方には疑問を感じます。古いものを単に受け継いでいくことは伝統ではなく伝承にすぎません。伝統とは、昔ながらの知恵にその時代その時代の技術の恩恵を加味して発展していくものであるということを理解して頂きたくて、今回は高断熱高気密というテーマに絞って思うところを述べさせていてだきました。
最後になりましたが、断熱に関心のある方にとって、いいパートナーを見つける一つのコツは、「高気密高断熱」といっている業者でなく、「高断熱高気密」とうたっている業者を探すことです。風潮に流されて、名ばかりの省エネ住宅をつくっているのか、それとも、しっかりと断熱のことをわかっているのか。言葉の順序が違うだけで理解度に雲泥の差があるからです。
ジジ、元気でな。
ジジ、元気でな。
平成17年9月
まさかこんなにあっけないなんて。先月まではあんなに元気だったのに。
あの瞬間のことは鮮明に覚えているが、時とともに記憶は薄れていってしまう。今日のことを記録にとどめておこうと思う。
夜中に目が覚めた。つけっぱなしのエアコンを消そうとしたが、まだ夜風も涼しくないだろうと思い、エアコンはそのままにしておいた。1時半前だった。もう一度横になったが眠れそうもない。仕方なく、トイレに行くことにした。ジジは廊下の向こう側で相変わらず横になっていた。用を足し、トイレのドアを開けた。万が一、チャイやココが通りかかるといけないので、ドアを半分開けてトイレから出た。
「ドキッ」とした。ジジがドアの前に座っていたのである。元気な頃のようにしゃんと立ち座りをしてこっちを見ていた。きれいな姿勢である。最近はずっと寝たきりだったので、元気になったのかと一瞬淡い期待を抱いた。「ジジ、水が欲しいのか。」と声をかけて洗面所に行ってお皿の水をかえてあげた。
洗面所から出てくると今度はリビング側の廊下の端で横になっていた。そばに皿を置いてあげたが一向に飲む気配がないので、皿を口元に近づけてあげた。ふらふらしながら立ち上がって、皿の中を数秒眺めていた。しかし、水は飲まなかった。今考えると、飲みたくても、もう飲める状態ではなかったのかもしれない。また同じ場所に横になった。のどが「プカプカ」と鳴っている。息が苦しそうである。心配なのでしばしじっと見ていると、立ち上がって向こうに歩いて行き、いつものように右半身を下にして洗面所の前でもう一度横になった。眠くもなかったのでジジの様子を眺めていると、自分の視線が気になるのか、また立ち上がって、逃げるかのように玄関の方に向かっていった。今にも倒れそうな歩き方である。そして、よろよろとして右側に倒れ込んだ。よく見ると洗面所からの明かりに照らされて、床が濡れていた。おしっこを漏らしてしまったようだ。一瞬、家内を起こそうかと思ったが、わざわざ起こすまでもないと思い直し、リビングにおいてあるペットシーツを自分で取ってきた。
戻ってくると、体をくねらせながら「ニャー、ニャー」とジジが鳴いていた。漏らしたおしっこの中に倒れ込んだので、体が濡れてしまって気持ちが悪いのだろうとその時は安易に考えていた。ペットシーツをジジの体の下に敷いてあげた。そして左手で抱き上げて、一緒に持ってきた濡らしたティッシュで右半身をふいてあげた。ふとした拍子に、ジジの上下していた左の胸がしぼんでいるのに気がついた。そしてしぼんだままふくらんでこないことにぎょっとした。そんな深刻な事態だとは思ってもいなかったので気が動転してしまったが、ジジはすでにもう息をしていなかった。あの瞬間、もだえ苦しんでいたのだ。目を開けたまま、口も開けたままダランとして、ジジが息を引き取った。気づいたのは左手で抱きかかえて10秒も経っていなかったと思う。
ジジをかかえたまま、あわてて寝室に行って、家内を起こした。家内と一緒に、ジジの濡れた体をふいてあげた。少しして、ぐっすりと寝ていた息子も起こした。時計を見ると1時48分だった。
トイレの前に座って待っていたジジは何を言いたかったのだろう。苦しくて助けを求めていたのだろうか。いや、そうではない。そうではないと思い込みたい。あの時のジジの顔は元気な時のジジの顔だった。
今になって冷静に考えてみると、ジジの最後の瞬間を看取れたことは、「虫の知らせ」といったような迷信めいたことでもなく、全くの偶然が重なったということでもないと思う。ただただ、ジジの頑張りによってもたらされた必然だと考えている。そんな気にさせてくれるネコだった。
みんなが寝静まったあと、ジジは暗い廊下でたった一人で必死に耐えていたのだと思う。自分自身で死を悟っていながらも、朝になって誰かが起きてくるまでは頑張ろうとしていたのだろう。ただ、朝を待つまでもなく、たまたま夜中に自分が起きてきたので、もうここで終わりにしようと決心して、その瞬間、最後の力を振り絞って立ち上り、きれいに座り直して家族に別れの挨拶をしようとしたのだと思う。奥ゆかしくて利口だったジジだったから、きっとそうだったと信じている。挨拶をしたあと、布団に戻っていく自分を見送って、きっと一人で死んでいくつもりだったのだと思う。
しかし、自分が布団に戻らずそばにいたばかりに、何度も立ち上がらなければならなくなり、残り少ない命の灯火を使い切ることになってしまった。苦しんでいるところを見せたくなかったのかもしれない。そして、一人になれる場所まで歩いて行きたかったのかもしれない。心のやさしいジジだったから。
よたよたしながらも、自分の視線から遠ざかるように逃げていった後ろ姿が脳裏に焼き付いている。
ジジの軽やかな歩き方が好きでした。
ジジの奥ゆかしさが好きでした。
ジジのやさしさが好きでした。
呼べば、「フーン」と返事をするジジが好きでした。
冷たくなっていくジジの死に顔を見ているのがつらいので、その日のうちに荼毘に付した。そして、そのあと4人で映画館に行った。ジジと一緒に観る最初で最後の映画である。
ありがとう、ジジ。元気でな。
2005年夏 ジジ永眠 享年12歳
050822
石井式リスニングルーム
石井式リスニングルーム
平成17年7月
「石井式リスニングルーム」とはなんぞや?
皆さんは「スターウォーズ エピソード3」はご覧になりましたでしょうか。重いテーマを抱えながらも、なぜあの純粋なアナキンがダースベイダーになってしまったのかという謎を万人に明快に納得させる今回の第三章に、拍手喝采するとともに一抹の寂しさが残りました。初期の作品、エピソード4・5・6の頃は全く関心のなかった映画でしたが、エピソード1を映画館で観てからは、見事にはまってしまいました。
脱線はこれくらいにして・・・。スターウォーズの監督は誰もが知っているジョージ・ルーカスです。実はそのルーカス・フィルム社のスタジオが石井式リスニングルームの理論をもとにつくられているのです。
高崎市のKB邸の地下室も、この石井式リスニングルームの考えをもとにつくられています。たまたま、今回採用した地下室メーカーから紹介されたのが石井先生でした。実のところ、自分は先生のことはそれまで知りませんでしたが、打合せに同席した施主は先生のことをよくご存じでした。それまで、対面する壁が平行にならないように斜めに配置したり、天井も斜め天井にして吸音用のガラスクロスマットを貼ったり、階段室との境の壁に鉛板を挟み込んだりと、いろいろとお金のかかりそうな計画をしていました。しかし、先生との打合せの結果、壁も天井も平行に戻し、鉛板の替わりに石膏ボードの重ね貼りに変更し、吸音部も裸のグラスウールを用いることになり、随分と安上がりになりました。先生に、吸音と反射壁の比率を計算していただき、それに基づいて壁と天井の割付も決定しました。
石井先生は、高価な音響機器やスピーカーにグレードアップするよりも、その音を聞く部屋の仕様を石井式理論に基づいて計画すれば、より音質がよくなり、安上がりだという考えを持っています。しかしながら、どこの業界でも既得権益というものが存在します。メーカー側は開発した高価な機器が売れなくなってしまっては困ります。音楽雑誌もメーカーが広告を出してくれなければ、雑誌の単価が上がってしまい、売れなくなってしまいます。ということはメーカーが広告を出してくれなくなるような記事を出版社は掲載することはできません。よって、海外の雑誌ではたびたび取り上げられている石井式理論は日本ではなかなか取り上げられないという図式が成り立ちます。
音に詳しくない自分でも、スピーカーの位置を微妙に動かしただけで、耳に入ってくる音がこんなにも変わるものだということを体感し、正直驚きました。目に見えないものだけに音の世界は非常に奥の深いものです。どこの業界でも、良いものをお金をかけてつくることは当たり前のことです。まやかしでない良いものをどうやって手頃な価格でつくっていくか、そこが知恵の出しどころです。
今年発行された「地下室設計・施工マニュアル」(新日本法規発行)の音響の項に、今回紹介した石井式リスニングルームのことが簡単に説明されていますので、ご興味のある方はご参照下さい。
尺モジュールとメーターモジュール
尺モジュールとメーターモジュール
平成17年5月
「当社はメーターモジュールを採用しておりますので、廊下もトイレも広々としております。」と自慢げに宣伝している住宅メーカーをたまに見かける。例えば、SハウスやHハウスだったり、Aホームだったり。まだまだ他にもある。「メーターモジュール」という言葉はどこか引き寄せられる魅力があるのは確かだが、本当にユーザーのことを考えて導入しているのだろうか。
日本の木造住宅における規格寸法は圧倒的に尺モジュールである。下地材にしろ仕上材にしろ、3尺を基本としてつくられている。1尺はおよそ30.3センチ。3尺はおよそ91センチとなる。この91センチを升目として一般的な間取りは考えられている。規格が統一されることによって、材料の品質が安定し、価格も抑えられる。メーターモジュールではこの91センチという規格が100センチになる分だけ廊下やトイレが広くなるので有利なように思える。単純に考えても巾が1割広くなるのだから当然ではある。だが、何も廊下の巾を広げるためにメーターモジュールにする必要は全くない。尺モジュールであっても、必ずしも柱芯寸法で91センチにしなければならないというわけではなく、91センチで狭ければ間くずれといって、110センチにしたり120センチにしたり、自由に設定できる。ただ、廊下の巾を広げると廊下に絡むその他の部屋の寸法に影響が出てくることが多々あるので、そこのところは設計の力で解決する必要がある。メーターモジュールの利点の一つは、そういった設計の手間が省けることである。91センチの升目を100センチに置き換えて、何らこれまでと変わることなく間取りを考えていけばよいからだ。
ただ、寸法を広げるその前に、ハウスメーカーのような大壁(柱・梁が壁・天井の中に隠れてしまう工法)でなく、真壁(柱・梁が室内に表わしになる工法)の造りにすればよい。そうすれば、9センチあったメーターモジュールと尺モジュールの廊下の有効巾は、1.5センチ程度に縮まる。わざわざ間くずれさせて廊下巾を広げる必要もなくなる。おまけに柱や梁も壁の中に閉じこめられないので長持ちし、見た目にも構造的な安心感がある。
はっきり言ってしまえば、メーターモジュールは売る側の利益確保のための一手法である。
わかりやすい例えとして、和室の8帖間を考えてみよう。尺モジュールの面積は13.25m2、モーターモジュールの面積は16m2。単純にメーターモジュールは尺モジュールの1.2倍の面積である。広くてうれしいと考えてくれれば施工者側は儲けものである。タタミの枚数は8枚で変わらないのに、2割り増しの工事金額になるからである。トイレにしろ、浴室にしろ、単体ではわずかな面積アップであるが、積み重ねれば結構大きなものである。延べ面積の上限が決まっているとすると、尺モジュールの時に比べてかならず、広い部屋であるリビングダイニングの面積が削られるか、収納が少なくなることになる。やっぱり、リビングダイニングは広くして、収納も尺モジュールの時の面積から減らしたくない、となると、結局は全体としても2割近い延べ面積のアップとなってしまう。イコール2割の工事金額のアップである。これが、メーターモジュールの落とし穴である。
花粉症とスギ
花粉症とスギ
平成17年3月
今年もまた花粉の季節がやってきた。花粉の量が昨年の数十倍というニュースを耳にしても、幸い今のところ自分には憂うつな気分になることもない。それでも、30代を過ぎ、40代50台になってから花粉症になってしまう人もいると聞くので安心はできない。花粉症の人たちにとってみれば、その主たる原因であるスギは見たくもない存在であるに違いない。なくなってしまえばよいと考えている人たちもいるのかもしれない。しかし、スギの存在自体が悪なのだろうか。いやそうではない。
戦後から始まった植林によるスギはありあまるほどに日本の山に育っている。しかし、使われる量があまりにも少ない。身近にある山の木よりも、船で運ばれてきた外国の木材の方が安いという理由で流通しない。流通しないので、人件費のかかる人の手によるスギ林の伐採や手入れが行き届かなくなり、スギは悲鳴を上げている。太陽光の届かなくなった密集した林の中では個々スギが生長していくのが難しくなる。もっといえば存在自体が危ぶまれる。そうなると自然の摂理として次のような現象がおこる。
弱肉強食の動植物の世界では、子孫を必ず残していくために、存在自体が危ういもの、つまり食物連鎖のピラミッドの下部にいる生物ほど、卵や種子を多量に生み出す。そのうちの数パーセントでも生き残れば、その種の絶滅は免れるからである。それと似たような現象がスギの世界におこっている。生存していくため、スギの植物としての本能がこれまで以上の多量の花粉を発生させている。
富山県林業技術センターというところで、無花粉スギを開発したという発表があった。10数年前、たまたま富山市内の神社で無花粉スギが発見され、その種子をもとに交配を重ね、やっと品種登録の出願にまでこぎ着けたそうである。しかしながら、親となる母樹が1本しかないため、大量に普及させるのはむずかしく、とりあえず平成23年から年間500本程度の生産体制を整え,まずは公園などに緑化用として普及していく予定とのことである。朗報には間違いないが、まだまだ先の長い話である。そうこうしているうちに、花粉症の特効薬が開発されるのではなかろうかと思ったりする。
花粉症発症の原因は車の排気ガスとの複合作用であるということも言われているのだから、現状ではスギ花粉だけがスケープゴートとなっていると思われるふしもある。花粉のない種や特効薬の開発を期待するよりも、もっと根本的な解決方法を模索してみてはどうだろうか。ようは簡単なことである。外材よりも、日本で育ったスギをもっと活用することだ。もっとも大量に使う分野といえば、やはり木造住宅であろう。住宅メーカーのようにきれいに見える集成材の柱を使うのではなく、節のあるスギの柱をもっと積極的に使う必要がある。昔から節のないものが高級とされてきたが、節のある材にも価値を見出すことで、スギ材の流通を活性化させることができる。流通が活発になれば、山にお金が還元されるようになり、良好なスギ林が保たれ、花粉の発生量が抑えられる。
免震住宅はどうなの?
免震住宅はどうなの?
平成17年1月
昨年中越地震があってから、免震住宅が大手住宅メーカーをはじめいろいろなところで宣伝されている。コマーシャルを見ていると、確かに優れもののように思われる。しかし、良好な地盤のところでないと、役に立たないとか、阪神大震災のような縦揺れには効果がないだとか、いろいろとよからぬ情報も入ってくる。地震体験車の中で経験したあの縦揺れでもはたして大丈夫なのだろうか。本当のところはどうなのだろうか。
「餅は餅屋」の通り、詳しい人の話を聞いた方がよいと思い、たまたま案内のきていた住宅の免震装置メーカーの説明会に出席してみた。結論からいうと技術的にはやはり有用なものであると自分の中では確信した。懸念事項であった縦揺れの問題は既に解決済みであり、技術的な問題点はないようだ。地盤に関しても、よほど悪い地盤でない限り問題ないということもわかり、お客さんの要望さえあれば、採用することに嫌悪感はなくなった。
ただ、問題点はコストである。やはり、免震装置に300万~350万円のお金がかかる。300万円で大地震でも倒れない家ができるのならば安いものだと考えるか、それとも、いつくるともわからない地震に300万円もの大金を出すのはばからしいと考えるのか、両極端の反応が出てきそうである。地震の多い静岡県に住んでいた自分としても、せめて車1台分、つまり200万円くらいに下がらないと、需要はなかなか出てこないと思う。約30年前に、今すぐにでも東海地震がおこるかもしれない、という通達が出された後は、ヘルメット着用で歩いて小学校に登下校したことを覚えている。あの時は本当に、「すぐにでも」という緊迫した状況だったが、あれから30年経っている。あの頃買った建て売り住宅であれば、そろそろ建て替えの時期かもしれない。
似たようなコストという意味での単純な比較ではあるが、OMソーラーというものがある。屋根で集めた熱を暖房や給湯に利用する環境に優しい設備である。このOMソーラーの設備にも200から250万円ほどのコストはかかるが、太陽が出ていさえすれば、その初期投資は徐々にではあるが還元していける。しかしながら、免震装置は一度も活用されることはないかもしれない。まあ、活用されない方が世のためではあるが。
耐震構造にしておけば、少なくとも建物の倒壊は免れることができる。後は、大きな家具をしっかりと固定しておけば、耐震構造でも大きな被害にならなくても済む、と考えることもできる。免震装置はいろいろな特約をつけた掛け捨ての保険のようなものだといえる。入っていれば(=つけていれば)安心。しかし、健康な人であれば(=平穏無事な世の中であれば)、もったいないものなのかもしれない。判断に苦しむところである。
ユニクロと国産材
ユニクロと国産材
平成16年11月
毎週のように入ってくる新聞広告にユニクロがある。自宅からは車で10分くらいの所に3軒もユニクロの店舗がある。この頃は一時期のような賑わいはないようだが、相変わらず手頃な価格で品揃えも豊富である。もう随分前からではあるが、服でもズボンでも、さらには、靴下やパンツまでユニクロにお世話になっている。低価格であるにもかかわらず、丈夫であり、かつデザインが過剰でないのが、自分の好みと合っているからである。
しかしながら、ユニクロの出現によって日本の繊維業界は大打撃を受けてしまった。中国の安い労働力によって支えられたユニクロにはどうしても価格的にかなわないのである。ただ、価格だけの問題ではないとは思うのだが、ユニクロは数年前まで一人勝ちの様相を呈していた。我々庶民にとっては安いことは大歓迎なのだが、日本国内の産業のことを考えると喜んでばかりもいられない。
自分の関わっている建築業界でも、海外からの安い木材が大量に出回っている。そのため国内の山林にあり余っているスギやヒノキの活用の場がないのが現実であり、一部認識者の間では大問題となっている。これまで我々は山の木を切ることはよくないことであるという固定観念を植え付けられてきた。そうではないのである。山林の木を有効に活用することは、山を健全に育てることになり、災害にも強くなる。また、健全な山の栄養素が川を下って近海に流れ込み、漁場を潤すことにもなるなど、二次的影響も大きい。
また、京都議定書がようやく批准され、いよいよ来年からCO2の削減努力に待ったなしがかかってきた。若い成長過程の樹木は成熟した樹木よりもCO2をより多く吸収し、炭素として自らの体内に固定していく。電気をこまめに付けたり消したりすることばかりが省エネによる地球温暖化対策ではないということをより多くの人達が理解しなければならない。
安さだけに目を奪われることなく、広い視野を持って全体を見渡せる見識を持たなければ、日本は近い将来近隣諸国に足元もすくわれることになりかねない。
いざという時には
いざという時には
平成16年7月
午後から断水のため水が使えなかったことがある。前もってわかっていたことなので、この時は何ら生活には支障はなかったが、これが突然の出来事だったら大慌てだっただろう。飲み水は最悪コンビニででも買ってくれば済むことであるが、水洗トイレばかりはどうしようもない。水洗トイレはタンクに水がたまっていることが前提なので、水がないと何の役にも立たない。最近の直接給水式のタイプだとなおさら困ってしまう。
トイレが詰まった時も結構大変だった。自分達で何とかしようとトイレ用の吸引ゴムなどを買ってきて1時間ほどパッコンパッコンやってはみたが埒があかなかった。どうも便器の形状によってはゴムがうまく密着せず、空気の圧力を利用できないらしい。結局業者さんを呼んで、数十分頑張ってもらい難を逃れたが、費用は1万数千円かかった。
子供の頃住んでいた古い家の便状は汲み取り式だったので断水でも何の影響もなかった。臭いも慣れてしまえば生活する上では全然気にならなかったので、何かあった時にはこっちの方がよっぽど役に立つ。神戸の震災の際も、トイレには苦労したらしい。建物自体は問題なくても、水が供給されないことで水洗トイレは何の役にも立たなかったらしい。汲み取り式の便所のように昔の生活器具は、便利でなかった分だけ、あるいは精密でなかった分だけ、素人でもどのようにでも扱えるというおおらかさがあった。住宅においても、こういったおおらかさがほしいと常々考えている。
他の業界と同様、住宅の業界でも現在は生産者と住む人が主役とならずに、流通がいわば主役となって、流通にのらないものは排除されてしまうという悪しき仕組みが出来上がってしまっている。大量生産しづらいものはカタログにも載らないし、カタログに載らないものは売れない。売れないものはつくらない。流通を軸とした社会構造によって、負のスパイラルを駆け上がっていくかのようにものづくりの機会が失われていく。流通というシステムが生産者及び作り手と住み手を分断してしまったこの状態を当たり前だと考えないで、一人一人が一手間かけて、つくり出す、探してくる、こういった些細な行為が大切だと考えている。
ダニの話
ダニの話
平成16年5月
最近は様々な住宅関連の本が出版され、その中でアレルギー関連のことが取り上げられることも多い。ただ、住宅の専門家でもとんと聞いたことのない化学物質の名前も数多くでてくることもあれば、はたまた難しい数値の比較が提示されていることもあって、わかりづらいというのが本音である。
住まいに潜むアレルギーの源として最初に頭に浮かぶのはダニだと思う。梅雨も近づいてきて、そろそろこの時期から増えてくる。ずっと以前に放送されたものではあるが、ダニ対策について、どんな専門誌よりも説得力のある、わかりやすい説明がされていた番組があるので、その番組の内容を簡単に紹介しようと思う。以前にもこのコーナーで紹介したことがある、NHKの「ためしてガッテン」という番組である。
これまでのダニ対策の常識としては、掃除機による吸引、布団干しと布団叩きなどが行われてきたが、中には逆効果になっていたものもあるようだ。ダニは人間を噛むこともなければ、生きているダニそのものはアレルゲンの原因にはならないというのである。
それでは何がアレルゲンの元になるのかというと、ダニの死骸の中から出てきたタンパク質、及びフンなのだそうだ。つまり、布団叩きはノミの死骸を粉々にしてしまいアレルゲンの元になるものをたくさんつくり出していることになり、逆効果であるというのである。
ではどうすればよいのかというと、湿度を60%以下になるように換気に気を付けること。炊事や洗濯、入浴の際は必ず換気扇を回し、湿度をこもらせない。ダニは湿度が60%以下になると仮死状態になり、生かさず殺さずのノンアレルゲンの状態になるからだ。さらに、掃除機による吸引もゆっくり時間をかけて行うこと。1m2当たり20秒が目安だそうだ。一つがいのダニがいると10日間で30万匹のダニに増殖するから、できるだけこまめに掃除機をかけることが必要なのだそうだ。
天気のよい日曜日の昼下がりの午後、近隣から「パン、パン、パン」と威勢のよい音が今日も聞こえてくる。
木造住宅その昔
木造住宅その昔
平成16年3月
「日本の木造住宅の100年」という日本木造住宅産業協会から出版されている本がある。ものすごく壮大な本の題名ではあるが、内容としては過去の関連資料の整理とアンケート調査に基づく考察が主である。少々専門的な本であるが、その中には木造住宅を生業としている我々にとっても驚くべきことも書かれているので、いくつか取り上げてみたい。
「大工・棟梁などの伝統的技能者集団に構造計算の実施を求めるのは無理であり不要である、・・・。現在も2階建てまでの住宅には構造計算は必要とされないが、そうした取扱いは大正8年(1919)の時から変わっていないのである。」さらに、「昭和34年に建築学会は、今後の日本の建築構法として木造は相応しくないと決議したのだった。・・・防火、台風水害のため木造禁止・・・。」とある。
当時は研究者の意見も大工には全く届かず、筋違いのない住宅がつくられ続けてきたため、地震や台風などの自然災害の際には必ずといっていいほどの大規模な被害が発生した。このことを重要視した田辺平学という研究者が、昭和2年に出版した著書の中で「大工の手からノミを奪うこと」を声高に主張している。
このように研究者レベルと大工・棟梁の間に大きな隔たりがあったことを一因として、その当時、木造は廃止の方向に動いていたにもかかわらず、高度経済成長期の膨大な住宅需要が木造住宅の危機を救い、今でも木造住宅が建てられ続けているのが現実である。ただ、研究者レベルで廃止と決議された木造の分野の研究は当然のごとく凍結されたまま、学問研究分野として全くの進歩がなかったのもこれまた事実である。
阪神大震災を契機に、平成12年になってやっと品確法という法律が制定され、その一部として構造の仕様規定が強化されたのだが、それでもやはりRC(鉄筋コンクリート)やS(鉄骨)造のように構造計算が義務づけられることはなかった。しかしながら、構造計算ほど難解ではないにしても、極端な形態でない限りほぼ同等の構造性能が確保されるという性能表示の道も開け、木造住宅の構造的な関心も深まってきた。また、RCやS造よりも難しいといわれる構造計算の研究も進み、今では市販のソフトで木造住宅の構造計算ができるようにまで進歩した。
少しずつではあるが、経験と勘に頼ったつくりから、具体的な数値を示しての家づくりが可能になってきた。ただ、長い空白期間が影響して、まだまだ研究途上の分野であることは否めない。しかしながら構造に関して、「たかが住宅」、と考えるのか、「されど住宅」と考えるのかによって、設計者の意識レベルが確実に問われる時代になってきたことは間違いない。
柱の値段
柱の値段
平成16年1月
木造住宅で使われている柱1本の値段をご存じだろうか。一般ユーザーはあまり気にしたことはないのかもしないが、予想以上に安いものだということにびっくりされることだろう。スギ120角の3mもので1本当たり3千円程度、ヒノキであっても5千円から6千円程度である。もちろんこれは節のある柱の値段である。高級な和室に使われる節のないヒノキの柱などは、これに1桁も2桁も0をつけた値段になってしまう。住宅メーカーの和室にもヒノキが使われているが、この場合は、ホワイトウッド等の集成柱の表面にヒノキのコンマ何ミリという薄い板が貼られたものであることが多い。見た目は節がないので高級そうに見えるが、薄い表皮の下は外国の集成材である。こういったまがい物が日本の住宅市場には溢れている。集成材ならば集成材として堂々と使えばいいと思うのだが、メーカーにとっては高く売るため作戦であり、施主にとってはコストをかけずに見栄をはるための選択肢である。
話を元に戻すが、節を気にさえしなければ構造材に無垢の木を使うことは決して贅沢なことではない。私見を言わせてもらえば、節があった方が木らしいし、本来の姿だと思う。和室だからといって床の間に絞り丸太や無節の床柱を使わなければならない、といったような既成概念にとらわれることなく、床の仕上げが他の部屋と少し違ってフローリングでなくタタミであるという程度に考えれば、逆に節があって当然という考えも生まれてくる。マンションのようにビニールクロスやペンキのただ白いばかりの空間でなく、木のほんわかとした色彩を、コストを考えながら取り込んでいくとグッと落ち着いた空間になる。桧のピンクがかった肌合いや、杉の源平(赤味と白太)、シナの透き通るようなベージュ。ただ単に木といってもいろんな色がある。塩ビシートにプリントされた木目しか見たことのない人には逆に節のある木目が新鮮に映ることだろう。
和室だから柱梁を表わしにするという固定概念を脱ぎ捨てて、フローリングやコルクタイルが床に貼られている部屋であったとしても、柱梁を表わしにしても全く違和感はない。柱や梁といった構造上欠かせないものを壁の中に隠してしまわず、表わしにすることで安心感を抱く人もいることだろう。1本3000円の柱を見せるゆとりを堪能してみませんか。
無垢材と合板
無垢材と合板
平成15年11月
多くの人は無垢材は高いというイメージを住宅メーカーや大手建材メーカーから植え付けられてしまっており、無垢材を使うことに最初は躊躇する。なんてことはない。自分も住宅の仕事を始める前は、設計の仕事にずっと携わっていながら、「無垢材」=「高い」という考え方に完全に支配されていた。
ゼネコンでは不特定多数の人が使うことになる事務所ビルや商業施設、あるいは施主の見えない中で設計施工を進めていくことになるマンションなどの設計が主であり、個人住宅の設計はまれにしかない。初めから施主がわかっていれば、無垢材の利点・欠点を相互理解の上で木材を含めた自然素材を採用することもできる。しかし、人の価値観は様々であり、そういった自然素材の特徴を、欠点も含めて受け入れられるのか、それともクレームとして見下してしまうのか、我々設計者にも予想がつかない。事務所ビルやマンションばかりでなく、これは建売住宅にも当てはまることである。顔の見えない施主であるだけに、できるだけクレームが発生しない材料ばかりを使った設計作業に終始してしまうことになる。こういったピンポイントの提案ができない設計ほどつまらないものはないと思ったのも、自分が住宅の世界に足を踏み入れた一因である。
ここらへんで話を今回の趣旨に戻すことにしよう。
柱・梁の軸組材や仕上材では、特殊な事情がない限り無垢材を進めているのだが、構造的な面材だけは毎回無垢材と合板の使い分けに悩む。構造的な見地から判断していくと構造壁および床には無垢材よりも合板を使った方がはるかに強い構造体ができあがる。
しかし、木造住宅の世界はコンクリート造や鉄骨造と違って、この床の強さという点が重要視されていない特殊な領域である。建築基準法においては、構造壁の数量とバランスだけが問われていて、極端に言えば、床は四隅の火打梁さえあれば、どんな柔らかいものでも違反とはならない。蓋や底のある六面体の箱と、蓋と底がない四周の壁だけの箱をイメージして頂ければよいと思う。後者が建築基準法で求められている木造住宅の構造体である。あきらかに構造要素として物足りない感じがする。
では、木造住宅において、床の強さを確保した設計方法はないのかというと、そうではない。もちろんコンクリート造のように構造計算をするという方法もあるが、2階建ての木造住宅ではまれであり、もう少し簡便な方法もある。「住宅の品質確保の促進等に関する法律」の大きな柱である性能表示制度というものの中に「構造の安定」という区分があり、その中で「床倍率のチェック」というチェック項目がある。等級1は建築基準法と同じように壁量とバランスのチェックを行うだけであるが、等級2以上はさらにプラスして、床の強さを確認することが求められる。性能表示制度は任意の制度なので、確認申請のように必ず申請しなければならないというものではないのだが、申請するしないは施主の判断に任せるとしても、設計者として最低限、等級2以上の構造的な強さが確保できているのかどうかを確認する必要があると自分は考えている。
その時に、問題になってくるのが、今回の題名にも挙げた「無垢材と合板」の使い分け方である。床が強ければ、力の伝達がスムーズになり、内部の間仕切りを構造壁とする必要がなくなる。反対に、床が弱ければ、地震や風圧などの水平力を下階に伝えるために、外周だけでなく内部にも構造壁が必要になってくる。将来的にも間取りに変更がないと断言できる家庭であれば何ら問題はないのだが、テレビのリフォーム番組をみてもわかるように大多数はそうではない。躊躇なく間仕切りをぶっ壊している。あれがもし構造壁だったとしたら空恐ろしい。
将来の不確定要素を加味して、内部の間仕切りを取り払ったり移動したりすることが自由にできるようにすることと、しっかりとした図面を残しておくことが耐用性を高める大事な要素だと考えている。そのような間仕切りの考え方に基づくとおのずから、床や屋根の下地材に構造用合板を選択することが多くなってしまう。内部の間仕切りを構造壁に利用すれば設計上悩む必要もなく、自然素材を使っていることを大々的にアピールしている工務店や設計者のように無垢の厚板を床の構造材として使うこともできるのだが、ここが自分としてのジレンマなのである。できるだけ自然素材をと考えつつも、構造的な要素も無視できない。こればかりは設計者だけでは判断できないことなので、施主とよく話し合って最重要視するものは何なのかを探りながら毎回設計を進めている。
きれい好きな日本
きれい好きな日本
平成15年9月
数年前には文房具から何から何まで抗菌グッズというようなブームがあったが、最近はほとんど聞かなくなった。
建築界でもINAXに代表されるように、抗菌タイルや抗菌陶器製品がもてはやされた時期もあった。しかし、INAXの後に追随して抗菌製品を商品化したTOTOも、今年から抗菌した場合の謙虚な効果がみられないとの判断を下し、この分野からの撤退を発表した。一方のINAXはTOTOとは反対に、効果はみられるという研究結果をもとに引き続き商品を市場に送りだしていく考えである。
話は飛んでしまうが、以前NHKの「ためしてガッテン」という番組で、アレルギーの特集をしていた。いろんな分野に話題はおよんでいたが、自分が興味を持ったのは、動物と赤ちゃんの関係であった。一般的に、産後から幼児期にはネコなどのペットを近づけない方がよいと言われてきた。我が家でもネコは飼っているが、できるだけ就寝中は赤ん坊とネコを遠ざけるようにしてきた。それでも、同じ空間に同居しているだけに、昼間は全くの無防備であったし、ネコを飼っていない家庭に比べればあきらかに接する機会は多かったことは間違いない。幸いにも子供はネコアレルギーにも、その他のアレルギーにもかかることなく元気に育ってくれたので、あの時期に少しは母親が気を使っていたのが功を奏したのかもしれないと考えていた。しかしながら、この番組の調査結果では赤ん坊から幼児期にネコなどの小動物を飼っていた家庭の場合の方が、子供がアレルギーにかかる割合が顕著に少ないとのことだった。一般常識と言われていたことを鵜呑みにしてきた我々は少々この調査結果に驚いた。
どうしてこのような結果になるのかという説明が番組内では放映されていたが、詳しくは覚えていない。ただ、幼児期にしか育たない免疫の機能があって、きれい過ぎる環境で育ってきた子供には、その機能が育たなかったため、いろいろなものに対してアレルギーの反応が出てきてしまうということであった。アレルギーは遺伝的な面もあるので、一概に小動物を飼っていれば、将来アレルギーにかからないと言うわけではないが、この調査結果にはうなずける点が多い。
振り返ってみれば、我々の子供のころは、家の中にいろいろな動物や虫が同居していた。ネズミに始まり、野良猫やゴキブリや蚊、ツバメも玄関に巣をつくっていた。目には見えなかったが、土間下の土の中には何千という菌や微生物が生息していたのだと思う。そんな中で育ってきた田舎ものの我々はアレルギーという話題が子供の頃出た記憶がない。
汚すぎるというのは論外ではあるが、きれい好きにも問題があると、この番組は警鐘を鳴らしていたのだと思う。大局的に言えば、小動物を飼っているいないということよりも、土に接しない生活は人間の営みとして不自然なことなのだということなのかもしれない。
安全はお金で買う物?
安全はお金で買う物?
平成15年7月
ある現場での地盤調査に関する話である。
実際に現地でサウンディング試験を行った人と話し合ったときには、ベタ基礎であれば充分だろうという話だったのが、翌日出てきた会社としての回答は地盤改良あるいは杭工事が必要という結論だった。
このように会社組織として判断を下す人が何段階にもなってしまうと、どうしても安全に安全を重ねた結論しか出てこない。確かに安全を確保するために慎重になることは大切ではあるが、調査の結果としての保証というものが絡んでくると純粋な数値的な判断だけでなく、金銭的な要素も大いに判断に影響を及ぼしてしまう。その結果、数十万から百数十万円をかけて過剰を思われるなんらかの対策を行なわなければならない状況が正常なのかどうか疑わしい。
中には、地盤調査は行っても、その結果如何に関わらず地盤改良等を行わないかぎり地盤保証は付けられないという会社もある。ということは、地盤はある程度良好と判断されたのだが、念のために保証を付けてもらいたいと施主が思っても、余分な出費をして改良工事などを行わなければ、地盤に関しての保証はどこもしてくれない。もちろん地盤調査会社が保証しないものを工務店は保証しない。おかしな話である。
そもそも地盤調査会社と地盤改良をする会社が同じというのがネックである。調査の結果、安全と報告すれば、改良工事が依頼されない。調査費用しか支払われないので儲けは少なくなってしまう。国によって地盤調査に基づく基礎の設計がうたわれたことは非常によいことではあるが、司法・立法・行政の三権分立や設計・施工分離といったように、調査と改良工事の会社を分離しなければ、そのリスクと負担は何も知らない施主にかぶさってくるばかりである。
株式会社は利益を生み出してなんぼのモノではあるが、利益優先ではモノの本質を見失うことになりかねない。施主の方を見て仕事をしているのか、会社及び上司の方を見てノルマをこなしているのか、同じ作業をするのでもやる気も判断基準も断然違ってくる。時代にそぐわないことかもしれないが、一個人としての判断を組織が尊重できる社会になっていかなければ、社会も住まいもよくなってはいかない。
大工さんはスーパーマン
大工さんはスーパーマン
平成15年5月
3月に竣工した高崎の仕事を通じて感じたことは、大工さんは“スーパーマン”であるということである。体操選手のように筋骨隆々というわけでもないのに、あの重いかけや(建て方の時に用いられる大型の木槌)を片手で軽々と扱い、その上まるでコマネチのように(知らない人はごめんなさい)軽やかに、地上から5メートル以上もある平均台(巾12センチの梁の上)の上を動き回る。お世辞にも若いと言えない大工さん達ではあるが、いともたやすげな所作は目を見張るばかりであった。
こんな素晴らしい技術をもった人達にもっともっと活躍の場を提供してあげなければ、日本という国はまさに宝の持ち腐れになってしまうとつくづく思った。もちろん現在主流となっているプレカットの技術を否定しているわけではなく、どちらかといえば肯定派である。手刻みに活路を見出すのも一つの方策かもしれないが、もっと別の面で大工さんの力量を発揮してもらえれば、画一的でない本当に我が家と呼べる住まいが適正な価格でできあがっていくはずである。あらためて木造の世界には無限の可能性が開けているのだと実感できた。
人件費を削るためだとか、大量生産のためだとかという企業の利益優先のために、住宅ローンを払い終わった途端に建て替えたくなってしまう住宅ばかりができてしまっているのが今の日本の現実である。大工さんの世界に技術の空洞化がおきないように、我々設計者が知恵を絞っていかないと、本当にハリボテの家しか建たなくなってしまう。土地込みでないと見向きもされないつくり手が多い現実を今一度考えてみる必要がある。
住まいは買うモノ?つくるモノ?
住まいは買うモノ?つくるモノ?
平成15年1月
お金を払って希望の住宅を大工さんなり工務店に建ててもらうという意味で言えば、住まいは買うモノであると言ってもあらかた間違いではありません。さらに、現在よりももっと中古住宅市場に構造的にも断熱性能的にも良品の住宅が出回るようになり、リニューアルして住んでいくことに抵抗感がなくなる時代がくれば、性能やスタイルで比較検討して買う車や家電製品と同じように、住まいは買うモノと言えるようになるかもしれません。できるだけ支払いを少なくしようと値切りに値切ったうえで、他人より安く手に入れた車などはきっとその値頃感に自己満足することでしょう。でもちょっと頭を働かせて下さい。住宅の場合も果たして同じでしょうか。いや、同じではないはずです。
スーパーで野菜を買ったり、家電屋さんでテレビを買ったりするように、製品として出来上がったものを値切る分には手に入れる物に違いは発生しません。しかし、住宅の場合はどうでしょうか。値切った後に人の手によって建物がつくられていくことを忘れてはなりません。お施主さんと実際に顔を会わせて打合せをするのはハウスメーカーであれ、工務店であれ、設計事務所であれ、全て営業マンか設計者であって、概して職人さんがお施主さんと顔を会わせる機会はほとんどないのが現実です。極端な言い方をすれば、顔も見たこともないお施主さんのために、職人さんは身銭を切ってまでよいものをつくろうとするでしょうか。自分が職人だったら手間賃を安く叩かれた住宅には思い入れも半減するとともに、どこかで帳尻合わせをしようという心理が働かないとも言い切れません。さらに、監理者のいない建売住宅の場合などではその傾向が顕著に現れることは言うに及びません。
二つと同じ条件の敷地はない住宅の分野では、どんなにハウスメーカーのようにプレバブの比率を高くしても、必ず現場での職人さんの手による作業が発生します。技術大国の日本であっても、住まいづくりはやはりローテクな作業だと思いますし、またそうあるべきだと考えています。お金の授受だけによるドライな関係と割り切るのではなく、人と人の結びつきがどれだけ強いかで、できるものにはっきりと違いが出てきます。かなり時代錯誤な考え方をしていると思われる方もいることでしょうが、「住宅は完全なる工業製品にはなりえないのだ」という本質をあらためて頭に入れておくことが住まいづくりでは大切なことです。
かなり主題から話がそれてしまったので、ここで無理矢理本題に軌道修正することにします。
買った住宅は思い入れが少ない分、将来できるだけ高く売ろうとする深層心理が必然的に働きます。そのため、無意識のうちに大事に大事に使おうとして、自分達の住まいなのに、どこかよそよそしさが出てきてしまいます。それが居心地の悪さとなって我が家に愛着が持てない原因となってきます。
一方、つくった住宅は、当然、将来売ろうとする心理よりも使い切ってやろうとする心理がより働くことになります。思いっきり使い込んだ結果、たとえキズやシミが付いたとしても、使い切るという意識のもとではそれらもとかく気にならないものです。逆に、そんな一つ一つの痕跡がその家の個性を形づくり、履きこなしていくうちにジーンズが自分の体系にフィットしていくように、我が家も自分達の生活に馴染んでいくものです。
ジーンズやワインの世界では「ヴィンテージ」と言葉がありますが、住まいも年代物ほど価値があるという共通意識をみんなが持つようになれば、きっと個々の住まいばかりでなく、それらが紡ぎ出す地域の街並みも落ち着いた心安らぐものになるのではないでしょうか。
シックハウス対策の基準法義務化
シックハウス対策の基準法義務化
平成15年1月
今年7月からシックハウス対策が建築基準法で義務化され、この対策基準を満たさない建築物は確認申請が通らないことになった。対策の主な柱は「ホルムアルデヒド発散建材の面積制限」と「原則全ての建築物に24時間機械換気設備の義務づけ」である。
内装仕上げ材や建材がホルムアルデヒドの発散速度によってランク分けされ、その等級と室内の換気回数に応じて使用面積が制限される。これによって建て売り住宅など、これまで材料の選択を業者のモラルにまかせていた感があったのが、行政の指導の介入ということで少しは改善の兆しがみえることだろう。
それから、もう一つの大きな柱である「24時間機械換気の義務づけ」はようやく換気の重要性が認められたといったところだろうか。機械換気というと抵抗感のある人もいると思うが、これは何も天井裏にダクトをはりめぐらせて集中的に大げさな機械で換気を行わなければいけないというわけではなくて、トイレや風呂や洗面所の換気扇を利用して十分に対応のできることであり、あまり目くじらを立てることではない。これまでのように換気扇の能力を把握して適切な換気経路を確保すればよいことである。もちろん、天気の良い日には窓を開けて外気に接することも問題ない。
やっとシックハウスに対して行政が動き出した。これからは少なくとも原状よりはシックハウスに罹患する人の数が減っていくと思われるが、問題はもうすでに罹患してしまっている人達の問題である。
昨年横浜で開かれたシックハウス対策研究会の講演会に参加した時の話である。
まず、シックハウスという病気が正式に認知されていないため、患者は日常生活をする上で、「専門医がなかなかいない」「住める場所が限定される」など資金的な面も含めて大変な苦労をされていることを知らされた。会場には建築関係者に交じって数多くのシックハウスにかかっている当事者やその親御さん達が詰めかけていた。そして当事者からの発言を耳にして、そのせっぱ詰まった雰囲気が身にしみて感じられた。
我々設計者もシックハウス対策については設計上、かなり気をつけているつもりではあるが、やはり、当事者でないだけに甘く見ていた部分が多い。外を歩いていて、よその家のテレビが付いたのがわかる子供がいるそうである。最初、その親はこの子は超能力があるのでは、と驚いていたのだが、実は電磁波、あるいは電源を付けている時にテレビから放射されるスチレンに反応して化学物質過敏症の症状が体に現れたということである。またある人は化学繊維が混入された服を着ている人、前日に飲酒をした人、化粧をしている人などの側にはよれず、なかなか治療のために病院に通うということもままならないらしい。このように、たんにホルムアルデヒドだけが原因ではなく、その他のある化学物質に罹患したことによって複合的に様々な化学物質などに反応してしまうことが多いとの報告があった。
極論してしまえば、一旦、化学物質過敏症になってしまった人達を、医者でない我々設計者は治療することはできない。できることは、これ以上悪化しない、あるいは少しずつでも症状が改善するように、個別の症状に合わせて住まいをつくることでしかない。ただこの問題は想像以上に奧が深く、原状ではこれといった根本的な解決方法もない難しい問題である。
医学界における治療方法の早期確立と、建築界における疑わしきモノの入口規制のさらなる強化が必要であるが、建築基準法のシックハウス対策の義務化元年に合わせてそういった症状にかからない住まいをつくっていくことが重要である。
低価格ならローコスト住宅?
低価格ならローコスト住宅?
平成14年11月
『「ローコスト住宅」が危ない!』という本が先月発売されました。(「参考になる本」のコーナーでも紹介しています。)
坪当たり30万円台、40万円台と大々的に宣伝されているメーカー系やフランチャイズ系の住宅がどうして安いのかということの一端がこの本を読んで認識できるはずです。当然大量仕入れなどの企業合理化によって価格を抑えようという努力もあるのだとは想像するのですが、“やはり・・・”でした。簡単に安くなるのなら、業界全体が揃って価格を下げるはずです。そうならないのは、当然そのわけがあるはずです。首を傾げたくなるほどのローコストの裏には、必ず何かが犠牲になっています。その犠牲になるものの最たるものが家の丈夫さだというのでは・・・(ため息)。
この類のローコスト住宅は、当初の支払金額は少なくなるかもしれませんが、50年60年70年といった長いスパンで比較した時に、果たしてそれが本当にローコストなのかということをもう一度考えてみるべきかもしれません。“安物買いの銭失い”では後悔してもしきれません。第三者的な立場の監理者がいない建て売り住宅などの場合では、つくり手側に少しでも「しょせんローコスト住宅だから。」「売れればいいんだから。」といった気持ちがあると、職人であれ経営者であれ、当然儲けるための悪知恵が働くことになります。そうして、「どうせ見えりゃしないのだから。」というつくり手としての意地とプライドを捨て去った上で、ようやくこういったローコスト住宅が日々出来上がっていくのではないでしょうか。
自分もローコスト住宅を一つの目標に掲げていますが、ただ単に安いという意味で「ローコスト」という言葉を用いているわけではありません。つくる側も住む側もみんなが納得して誇りの持てる範囲での適正な価格のことを、=“ローコスト”と表現しているのです。過剰な装飾や設備は極力抑える反面、きっちりとした構造計画と風の通り道を考え、当初はシンプルな住まい方ができる住宅を提供できればと考えています。また、住みながら自分達で住みやすいように手を加えていくことが出来るような住宅が理想でもあります。
時代への逆行?
時代への逆行?
平成14年9月
マンション暮らしの長い自分ですが、木造の民家で生まれ育ち、はなれにあった汲み取り式の便所には、夜小さい頃一人では行けなかった思い出があります。風呂もなく、毎日銭湯通いでしたが、冬でも上半身裸で星を眺めながら帰ったものでした。その家を出て20年近く。今の一般的な基準ではとても快適とはいえないそんな生活がとてもなつかしく感じられます。
数年前、自分がまだゼネコンの設計部にいた頃、その家は取り壊され、地元の大工さんの手で新しく建て替えられました。ヒノキの6寸角の柱等を使った見事な軸組でしたが、いざ出来上がったその家を見ると、和室を除いては、ビニルクロス貼りの壁や天井ばかりで、どこかハウスメーカーの建てる住宅のようでした。「どこかおかしい、これではいけない。」という漠然とした気持ちと、「家づくりをしたくて建築の道に進んだのだ。」という初心を思い出し、一念発起して家づくりの道に転身しました。いわゆる“ビルもの”、“箱もの”といわれる建物ばかり設計してきた自分にとっては、学べば学ぶほどその奥深さが感じられる木造住宅は常に新鮮でした。
「ヒノキの香り」と言われてもあまりピンとこなかった自分でしたが、今では樹木だけでなく木材を見ただけで心が落ち着くのが不思議でなりません。樹木は製材されて板材になった後でも、非常に個性的です。見た目ばかりでなく、その醸し出す香りは様々です。スギ、ヒノキの香りは、この頃は結構身近に体験できるかもしれませんが、一度、「イチョウ」の香りを嗅いでみて下さい。住宅の仕上げ材というよりもまな板によく使われていますが、最初嗅いだときは強烈な匂いで、思わず笑ってしまいました。これなら殺菌作用もありそうだな、と。
そんなこんなで、まだまだ家づくりに関してはスタート地点に着いたばかりですが、住み心地というプラスαにこだわって、家づくりをしていきたいと考えております。
断熱材についての法改正
断熱材についての法改正
平成14年7月
6月から使えない断熱材が出てきた。建築基準法の改正に関連して、これまでなんの問題もなく使っていた、発泡プラスチック系の断熱材や自然系断熱材は、国の指定試験機関で試験を実施し、防火に関しての認定をあらたに取得しなければ、防火地域・準防火地域、あるいは法22条区域の延焼のおそれのある部分で使用できなくなった。
これまでは断熱材自体の防火性はほとんど問われず、一番外側に使用される外壁材の防火性だけが問題だった。しかし、これからは外壁としての防火性が問われるように法律が改正され、断熱材を含めた外壁材+内壁材の組合せで防火性能を確保しなければならなくなった。このこと自体は住宅の防火性能上、好ましいことではあるが、困ったこともある。
グラスウールやロックウールを断熱材に用いるか、あるいは内壁材に石膏ボードを貼った充填断熱ではそれほど問題にはならないのだけれども、外張り断熱の時に外壁材の選択の幅が狭まったことである。どういうことかというと、断熱材メーカーは防火性能の認定を取得する際に、まずどの外壁材との組合せで認定を取るかを考える。その時に選択される外壁材は何かというと、どのメーカーに問い合わせても、試験するのに一つの組合せごとに百万単位の金がかかるので、窯業系サイディング(セメントを基材として、表面にあたかも石張りやタイル貼りレンガ積みのような凹凸や着色を施したもの)だけであるとの答えしか返ってこない。なぜなら、大規模な供給先であるハウスメーカーはほとんど全てと言っていいほどにこの外壁材を使用しているからである。そのため、土壁とまではいかなくとも、モルタル下地の左官壁や木材の外壁への使用がかなり制限されてしまった。
それでは、素直に窯業系サイディングを外壁に使えばいいではないかと言われそうであるが、シンプルなものを除いて、できれば使いたくないのが本音である。各メーカーは10年補償をうたってはいるけれども、その後はどうするのだろうか。できた当初が一番きれいで、あとはみすぼらしくなるばかりのこの外壁は、精巧に石やレンガ積みを真似ているものほど補修がきかない。例えば、タイルを真似たサイディングのタイル部分と目地部分を一体どうやって塗り分ければよいのだろうか。全体をタイルの色で吹き付けて、目地部分を一つずつタッチアップしていくのだろうか。いや、とてもそんな手間暇をかけて補修する人はいないだろう。そうすると、自ずと、取り替えということになるが、同じ製品が廃番になっていることがままあり、結局、同色で塗りつぶしてしまうか、あるいは全面貼り替えということになってしまう。
一方、年月が経てば経った時なりの味わいのある左官壁や木板張りはちょっとしたメンテナンスで物理的にも美観的にもずっと長持ちする材料である。法律違反をする気はないが、できる限りそういった材料を使っていきたいと考えている。
窯業系サイディング以外の外壁の業者と話をしていても渋い顔である。「得をしたのは、グラスウール業界と石膏ボード業界だけですよ。」
※ 法22条区域:防火地域及び準防火地域以外の地域について特定行政庁が指定する区域で、これは広域的な防火対策を図るために、建築物の屋根を不燃材料で造るか、又はふくこと等を義務づけた区域で、都市計画区域内では、ほとんどが対象とされている。また屋根だけでなく、外壁についても延焼のおそれのある部分は防火上の措置を講じる必要がある。
※ 延焼のおそれのある部分:建築物の部分が、道路中心線・隣地境界線・同一敷地内の2棟以上の棟相互の、外壁間距離の中心線より、1階は3m以下、2階以上は5m以下の距離にあるものをいう。
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